ロレックス中東モデル研究室【第3回】
~ハンジャール文字盤について(その2)~
ロレックスが自社の文字盤表記の一部を移動、又は削除してハンジャールをプリントした事は今日ではほとんど考えられない偉業であり、当時のスルタンの影響力を物語っています。
それを可能にしたのがロンドンに本店を置く高級百貨店アスプレイであったことは前回記しました。
一部の時計では、裏蓋に Asprey のサインが刻印されています。これらの刻印は時計の年代に応じてブロック体から、筆記体まで様々なスタイルを見つける事ができます。
これはアスプレイが関わったすべての時計に見られるわけではありませんが、時計の出自を明らかにすると同時に希少性を確実に高めています。
さて、ハンジャール文字盤を持つ時計の中には「K.R.」の刻印が入った裏蓋を持ったものがあります。
これは後から受贈者が自身のイニシャルを刻印した結果なのでしょうか?そうではありません。
Khimji Ramdasというオマーンで150年以上の歴史を持つ大手複合企業のイニシャルです。現在もKhimji’s Watchという名前でロレックス正規ディーラーとしてマスカットのグランドハイアット横で営業しています。
ハンジャール文字盤はどこかの時点でAspreyではなく、このKhimji Ramdasが一切を供給するようになりました。自国の産業発展を望む国王の意図からかもしれません。
K.R.の刻印が入った裏蓋は遅くとも70年代初頭以降に供給されたモデルで見ることが出来ます。
同年代にAspreyの裏蓋も見つける事が出来ますので、ハンジャール文字盤は2社から供給されていた期間がある事になります。
時は流れ、現在のKhimji Ramdas社によるハンジャール文字盤の供給はどうなっているのでしょうか?多くのコレクターが知るところですが、現在は一切見られません。
その代わり裏蓋にハンジャールが刻印される様になりました。
そしてその時計を収納する外箱にもハンジャールのプリントを見ることが出来ます。
これはロレックス社がオマーン・スルタン国に限らず、ありとあらゆる外部組織からの文字盤への追加、修正のプリント注文を受け付けなくなった事が理由です。
筆者が確認した限りですが、2010年にバーレーンの王様から注文されたとされるモデルが最後です。ロレックス内で方針の転換があったのでしょう。
いずれバーレーンのモデルについても書きたいと思っていますので、詳細はそちらに譲ります。
筆者が2019年にKhimji’s Watchを訪れた際は、ヨットマスターが売られていました。オマーンの政府高官はロレックスの着用率が高く、ステンレス製のSkydweller、Submarinerが印象に残っています。
この記事を書いた人
ZEN
エネルギートレーディング業に従事する国際派。職業柄か中東モデルの研究に余念がない。座右の銘は”お金惜しむな名を惜しめ”。