独立時計師特集【第7回】 オリジナル時計編

時計の伝道師としての店舗が目指したもの
私が勤めていたアンティークウォッチ店の代表は、特に60年代までのオールドパテックに注目し、その造りの良さを伝えるべきと考えていました。
かつては中古の時計を質屋のように荷札をつけて、無造作に展示していた時代もありましたが、アンティークの時計はいずれ枯渇することを見据えて、私たちは現代の時計で後世に伝える時計を探し始めたのです。
そこで、ロジェデュブイ、フォルジェ、 パテック・フィリップの平行輸入などから始めました。
ダイヤルの造り、ギョーシェのエッジ、立体の針、機械の磨きこみ、緩急針の造りなどには、こだわりました。
そして、次に注目したのが今のようにスター的存在になる前の独立時計師です。
彼らが目指すモノづくりは60年代までのスイスの時計、特にパテック・フィリップのモノづくりに近いです。そして、彼らの作品は高価でした。
そこで自分達が開発したのが、第7回のテーマでもあるオリジナル時計です。
これは当時のオーナーが後世に伝えたい要素が詰まっていました。
シチズンとタッグを組んで本格的なオリジナル時計を作ることになりました。
(当時シチズンはスイスのモノづくりを知りたかったので協力的でした)
「気軽に複雑時計を楽しんでもらいたい」をコンセプトに時計のエッセンスを全て盛り込んだ時計を作りました。
そこで誕生したのがグランド・コンプリケーションでした。

グランドコンプリケーションのこだわりと工夫
ロゴなどのテキストの印刷立体感を出すための工夫
太さの違うシルクスクリーンを重ねることで、インクがダレずにシャープな立体感が出せます。
また、オールドパテックの象嵌エナメルの質感の再現をしました。
こちらは、コストがかさむことから「プレミアム」モデルで実施しました。
その結果、従来のグランドコンプリケーションと並べると、その差は歴然となりました。
ムーンディスク
ゴールドのディスクにブルーのエナメルを盛りますので、ムーンと星がエナメルより下に見えるようになります。
クオーツの場合は、トルクが弱いので、ブルーのアルミディスクをベースに特厚金箔のムーンと星を貼り付けることによって立体感を出します。
これにより印刷だけのムーンディスクよりもかなり上質な仕上がりになります。
ギョーシェ
4種のギョーシェパターンを電気鋳造技術により繊細のギョーシェパターンを再現しました。
主要部分はピラミッドギョーシェにし、光の印影により立体感が増すのと同時に光による反射を抑えて視認性を向上させる役割があります。
また3つある小窓はエッジの効いた段差をつけ、レコード溝を切っています。この場合エッジが立っていなければなりません。ルーペを使っての鑑賞に耐えうるものを目指します。ちなみに職人さんが手貼りしています。

グランドコンプリケーションたる所以の4大機能
- ミニッツリピーター
2つのチャイムの組み合わせで操作したときの時刻がわかります。 - 2100 年までの永久カレンダー
4年に一回のうるう年、大の月・小の月の調整が不要です。 - ムーンフェイズ
月は地球の周りをおよそ29.5日で回ります。その月相を表示します。 - シングルハンド式スプリットセコンド
ラップタイムともいいます。計時を止めることなく中間地点での計測結果を読み取れる機能です。

Ref.6770-H32167
風防の形状
往年のアンティーク時計の風防は立ち上がりのないドーム形状のものが多く、横から見たラインが美しく見えます。
サファイア風防の出現により、そのコストから平坦なものが多くなりましたが、やはりそれでは往年の雰囲気が出せないのでコスト度外視で立体にしました。初期のモデルは牛乳瓶の底のようなミネラルガラスでした。

ケース形状カラトラバライン
パテック・フィリップのRef96、Ref2526などに採用されたカラトラバラインを採用しました。
プレミアムモデルは、Ref2499を参考に、ラグにもステップを着けたりしています。
ベゼル形状
スムースポリッシュドベゼル、ステップベゼル、逆Rベゼル、タキメータ―ベゼルなどの種類がありましたが、同じ本体でも取り付けるベゼルの違いで雰囲気が変わりました。
リュウズの大きさ 大きい径の効果
時計の厚みの見え方を左右する要素として、リュウズの大きさがあります。厚みのある時計の場合、リュウズ径は大きいものの方が厚みを感じさせない効果があります。

針
最近はプレスされた針が多いのですが、当時の針は袴の部分が厚く、修理のたびに着け外しをするので耐久性を保つ目的がありました。それらを再現するために立体鋳造を行います。
往年のスイスの時計は、繰り返されるメンテにおいて針の付け外しをするために、中心の袴の部分が厚くなっています。

サイドスライド ミニッツリピーターから学ぶもの
- クッションケースは、40年代までのアンティーク時計によく見られます。サイドスライドミニッツリピーターにおいて、ケースはシルバーにプラチナコーティング(カルティエのベルメイユの技法)を採用しました。
- ミニッツリピーターはスライドレバー式にこだわりました。
サイドスライドのレバーについては、その形状とスライドしたときに最後若干抵抗感があるようにして機械式の感触に近づけること、リピーターのピッチは1秒毎でなくもっと早くすることを課題に、ハーフピッチのキャリバーを開発しました。 - あえてサファイアガラスを採用せずミネラルガラスを採用することで20~30年代の雰囲気を再現しました。
これも当時の時計を見て触った人でないと、わからないところです。
クッションケースに中央を盛り上げるデザインはかなり複雑で、その加工はサファイアクリスタルでは不可能だったのです。 - 秒表示ディスク
2針の時計は、動いているか分かりにくいものです。
そこで”60″の部分のみ赤色にした秒ディスクを、文字盤中央に装備しました。
パテック・フィリップのRef2526 初期のエクボを再現すべく、小窓にエナメルを数回に渡り流し込んで、その雰囲気を再現しています。 - ブレゲ数字インデックスはすでに引退した台湾の職人による、立体切り出しでそこに2本の足をつけて、文字盤に穴をあけて張り込む手法です。
今では想像を絶するような手間暇をかけて作られています。
ダイヤルは陶板のイメージ(パテックのトロピカル)をするために乳白色のコールド、エナメルを採用しています。

クッションケース/ 1923






ワールドタイム ミニッツリピーター クロワゾネダイヤルから学ぶこと
ワールドタイムミニッツリピーターはパテックのクロワゾネダイヤルに追いつけ、追い越せの精神で、日本の七宝職人の5本の指に入る武藤氏を起用しました。
サイドスライドのレバー、リピーターのピッチ、操作感触はサイドスライドミニッツリピーターと同じこだわりを持って作られました。
ワールドタイム機能としてはルイ・コティエ(Louis Cottier)方式を採用しました。
※ルイ・コティエ方式 時差順に並べられた世界の都市と、24時間表示のリングを並立させたワールドタイムの機構
特に回転リングの太陽は厚みのある太陽、星が貼り込まれており、常に知りたい国の時刻が午前、午後の何時かわかる便利な機能です。回転リングの太陽は厚みのある太陽、星が貼り込まれており、常に知りたい国の時刻が午前、午後の何時かわかる便利な機能です。
ケースはカラトラバラインに徹底的にこだわり、都市リングのコインエッジをより引き立てるデザインとなっています。
私個人の意見として本当に美しいケースだと今でも思っています。
有線七宝(クロワゾネダイヤル)はこの時計の命とも言えます。
ガラスの釉薬を1色ずつ別の色の釉薬と混ざるところを計算しながら焼き、キサゲ(磨き)を繰り返し最後にメッキ仕上げ、ロゴの印刷となります。
みなさんが考えている以上の工程を経てオンリーワンのダイヤルが出来上がります。歩留まりは約1割と今ではもうできない採算度外視プロジェクトでしたね。
圧巻は立ち上がりのないドーム状風防と言えるでしょう。
サファイアクリスタルをふんだんに使い視認性に優れた透明な質感とケースサイドから見る眺めは、往年のロレックスのバブルバックを彷彿とさせます。

6880-T003699

オリジナル時計の制作を学べたこと
こうしたオリジナル時計の、製作過程を含めたもの作りのこだわりまでの説明が出来れば、時計のすべてが語れると前オーナーはおっしゃっていました。
その思い入れは十分に理解できます。
時計はパーツの集合体で、それぞれが優れていても調和していなければいけません。出来上がった時計しか見ることができない人が多い中、イロハまで学べたことは私自身の宝なのです。

クロワゾネ Ref.6880-T003699TA

この記事を書いた人-監修
藤野
Sマンを定年退社した元店長
製薬会社の研究開発からこの業界に入り、お金持ちにオールドパテックを売りまくる。
時計愛を拗らせてパテックからオメガやセイコーのデジタルウォッチまでこよなく愛する哲学者。
最近は昭和ノスタルジーとセイコーと愛犬のウィリアムに思いを寄せる

この記事を書いた人-
SY
イリスラグジュアリー新人時計ライター。
ブランドの歴史を研究中。