
ダニエル・ロート編
ブレゲの再来と称されるダニエル・ロート(Daniel Roth)氏(以下ロート氏と表記)はフィリップ・デュフォー氏からの紹介でご縁をいただいた天才時計師です。
ロート氏は、スイス出身の著名な時計師であり、現代の高級時計業界に多大な影響を与えた人物です。
彼の名前は独立時計師の世界では伝説的存在として知られています。
その人生や業績を通じて、彼の人物像を掘り下げてみます。
生い立ちと背景
ダニエル・ロートは1945年、スイスのラ・ショー=ド=フォンで生まれました。この地域は伝統的に時計製造の中心地として知られており、ロート氏も若い頃から時計製造の技術と文化に触れて育ちました。
時計学校を卒業後、ジャガー・ルクルト(JAEGER-LECOULTRE)に在籍して時計師としての第一歩を踏み出します。
その後、オーデマ・ピゲ(AUDEMARS PIGUET)で超薄型ムーブメントの開発を手掛けたのをきっかけに、時計師としての力量が世界中に広まりました。
さらに、ロート氏はパリのヴァンドーム広場に集まる5大宝石店のひとつにあげられる高級ジュエラー・ショーメ(CHAUMET)によるブレゲ再興にも携わりました。
ブレゲでの功績

ロート氏のキャリアで最も重要な転機は、フランスの歴史的時計ブランド「ブレゲ(Breguet)」での勤務です。1973年、ブレゲに参加したロート氏は、ブランドの再生を任されました。
ロートは、アブラアン=ルイ・ブレゲが遺した伝統を現代的に蘇らせる役割を果たし、ブランドを高級時計の象徴へと導きました。トゥールビヨンやクラシックなデザインを再解釈し、ブレゲのスタイルを再定義しました。
独立ブランドの設立
1988年、ダニエル・ロートは自身の名前を冠したブランド「Daniel Roth」を設立しました。
ダブルエリプス型ケースの独特のケースデザインは、ダニエル・ロート氏の象徴的なケースデザインです。トゥールビヨン、レトログラード、パーペチュアルカレンダーなどの複雑機構を用いた時計を製作し、ギョーシェ彫りやムーブメントの繊細な装飾など、技巧の光る時計を数多く製作しました。
2000年、ダニエル・ロートのブランドはブルガリに買収されました。
ブルガリの傘下で彼の名前は引き継がれましたが、ロート氏本人はブランドから退き、後年はプライベートなプロジェクトに専念するようになりました。それが「ジャン・ダニエル・ニコラ」です。

ダブルエリプス型ケース / 1997
人物としての魅力
•職人気質: ロート氏は、時計製造に対する深い情熱と探究心を持ち、品質を最優先する職人です。若い時計師たちに影響を与え、時計製造の伝統を次世代に伝える役割を果たしています。独立時計師としてのキャリアを確立することで、独立系ブランドが高級時計業界で注目される道を切り開きました。
現在の時計師やブランドにも影響を与えています。彼の作品はコレクターにとって垂涎の的であり、独立時計師の重要性を広めるきっかけとなりました。

ロート氏は、その時計製造の才能や業績だけでなく、彼自身の人柄や哲学も多くの時計愛好家や同業者から深く尊敬されています。彼の人柄については、多くのエピソードや彼の仕事への姿勢からうかがい知ることができます。
1.職人気質で完璧主義者
ダニエル・ロートは、時計作りに対して非常に厳格な姿勢を持っていました。彼は時計を単なる「道具」ではなく、「芸術作品」として捉えており、細部への徹底したこだわりを持っています。手仕上げの精度やデザインのバランスに妥協せず、一つ一つの時計に魂を込めて製作する姿勢は、彼の情熱と完璧主義を物語っています。
2. 静かで謙虚な性格
多くの人がロートの謙虚さを語っています。彼は、自身の成功や名声をひけらかすことなく、むしろ「時計そのものが主役」であるという哲学を持っていました。インタビューや公の場でも控えめで、自分の功績よりも時計そのものの魅力について話すことを好みます。
3. 教育者としての情熱
ロート氏は、若い世代の時計師たちに対して寛大で、時計製造の伝統や技術を共有することに熱心だったと言われています。彼の弟子や影響を受けた時計師たちは、ロート氏から学んだ技術だけでなく、その仕事に向き合う姿勢や哲学も引き継いでいます。
4. 革新を恐れない挑戦者
伝統を重んじる一方で、ロート氏は新しいデザインや機構にも挑戦し続けました。その一例が、彼のトレードマークである「ダブルエリプス型ケース」です。この形状は、当時のクラシカルな円形ケースから一線を画するものであり、業界に新しいデザインの可能性を示しました。このように、ロートは保守的に見られがちな高級時計業界の中で、独自の挑戦を恐れない一面を持っていました。
主なモデル
トゥールビヨン(Tourbillon)
トゥールビヨン時計は、ブランドのアイコン的存在です。
トゥールビヨンケージが精密に仕上げられており、美しい装飾とエレガントなレイアウトが魅力です。


クロノグラフ
レトログラード式クロノグラフや、ヴィンテージの雰囲気を持つデザインが多く。複数のスケールや目盛りを組み合わせ、視認性も高いです。
ミニッツリピーター(Minute Repeater)
時間を音で知らせる機能を搭載したモデル。複雑機構の中でも特に高度な技術が必要で、ロート氏の職人技が存分に発揮されています。クラシックな文字盤に、響きの良い音色を実現するための工夫が施されています。


レトログラード(Retrograde)
ロート氏が得意とする機構の一つが「レトログラード」です。針が弧を描いて動き、終点に達すると元の位置に戻る機構です。
ジャンピングアワー(Jumping Hour)
•時間をデジタルのような形式で表示する機構を搭載。視認性が高く、エレガントな文字盤デザインに革新性を加えたモデルです。


GMTやデュアルタイム
複数のタイムゾーンを表示するモデルで、実用性とデザイン性が融合しています。
実際にお会いして
これらの特徴を備えたロート氏の時計は、時計愛好家やコレクターにとって特別な魅力を持つ作品群です。
とてもシャイな方ですが一度工房に入ると人を寄せ付けない空気が漂います。
自分の思った通りの動きをしない場面に直面するとホワイトボードに数式を書いて30分以上不動の状態で複雑な数式を凝視する場面もあります。
2000年、ダニエル・ロートのブランドはブルガリに買収されました。ロート氏は、息子と奥様、そして自身のファーストネームを冠した「ジャン・ダニエル・ニコラ(Jean Daniel Nicolas)」という家族経営の時計メーカーを設立します。ジャン・ダニエル・ニコラの時計は非常に希少かつ高品質であり、年間平均で3本しか生産されない、顧客の希望に沿ったオーダーメイドウォッチです。
このプラチナの2分間トゥールビヨンを手に取ったときのずっしりと重くケージの回転する様は今でもその感触が手に残っています。奥様が青焼きの針を作るのですがあちこちにやけどのあとがありました。
ダニエル・ロートブランド時代は裕福でしたが家族との時間を大切にするためジャン・ダニエル・ニコラを立ち上げますが質素ながら豊かな日々を送る氏の姿はとても印象的です。2分かけてゆっくり回転していくテゥールビヨンのケージの動きは優雅です。ロート氏によると2分間に1回転させるにはトルクの配分が大変難しくツインバレルの設計からトルクの計算は非常に複雑であると仰っていました。またロート氏自身納得が行くまで常にスペックをアップデートしていくために納品に大変時間がかかった事は記憶に新しいところです。

参考文献


独立系ブランド、ダニエル・ロートがLVMH傘下で再始動 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]
アンデルセン氏、デュフォー氏、ロート氏3人が共通している点は古参ブランドの修理部門で昔の時計を修理しながら当時の技を勉強した点だと思います。そして厳しさの中に優しさを備えている、言い換えれば頂点を極めた悟りを開いたとも言えるでしょう。原点に常に立ち返りながら常に進化をしている。そんな方々です。

この記事を書いた人-監修
藤野
シェルマンを定年退社した元店長
製薬会社の研究開発からこの業界に入り、お金持ちにオールドパテックを売りまくる。
時計愛を拗らせてパテックからオメガやセイコーのデジタルウォッチまでこよなく愛する哲学者。
最近は昭和ノスタルジーとセイコーと愛犬のウィリアムに思いを寄せる

この記事を書いた人-
SY
イリスラグジュアリー新人時計ライター。
ブランドの歴史を研究中。