第2回:パテック・フィリップの歴史
アンティークパテックを考察する創業から黎明期まで-モデル説明を中心に-(~1960年代)

第2回:創業から黎明期まで-モデル説明を中心に-(~1960年代)
1910~20年代に婦人用を中心とした初期の腕時計が登場しました。
1932年にはスターン家が経営権を取得し、現代へ続く家族経営の礎が築かれます。
1932年は、「カラトラバ」の発表もありました。
自社製ムーブメントへの回帰
少数生産であったパテックが自社製ムーブメントに切り替えるというのは大胆な決断でしたが、後の他社との違いを生みだすきっかけとなりました。
1932年、パテック・フィリップは、カラトラバコレクションの原型となった歴史に残る時計、Ref.96を発表しました。
発売当初のRef.96は、自社製の12-120ではなく、ルクルトベースのムーブメントが搭載されていました。
対して技術部長のジャン・フィスターは、他社メーカーからムーブメントを買うのではなく、自社製のムーブメントを大量生産し、そこに違った外装を被せることでコレクションの拡充を図ろうと考えました。
スターン兄弟が経営を受け継ぎ、自社製ムーブメントにシフトを進め、1934年までにはRef.96もキャリバー12-120に置き換えられました。
恐らく1928年位から存在しています。
Ref.96は約40年間に渡りロングセラーとしてさまざまなバリエーションが発売されました。
スターン兄弟やパテック・フィリップを支える人々によって大切に守られ、同社を代表する時計として不動の地位を築き、今にいたるまで世界中のフォロアーを生み続けています。
1949年と1951年には、独自の「ジャイロマックス」テンプの特許を取得しました。ジャイロマックスとは、テンプの慣性モーメントを変化させるだけでムーブメントの歩度を精密に調整することを可能にした”補助装置”でした。

溥儀のRef.98
清朝最後の皇帝「溥儀(ふぎ)」が所有していた「インペリアル・パテック フィリップ」プラチナ製「Ref.96 Quantieme Lune 」が話題となりました。
世界に8点しか存在しないとされるモデルです。
2023年には香港のオークションにて620万ドル、日本円にしておよそ8億5800円にて落札されています。
時計の文字盤の素材を調べる為に、溥儀が使用人に文字盤の下半分を削らせ、その素材が真鍮であることが分かり作業を中止させたため、独特な表面を今に残しています。

Cal.12-600AT / 27-460AT
1932年以降、自社製ムーブメントを磨き上げてきたパテック・フィリップの集大成とも言えるのが、自動巻きムーブメント「Cal.12-600AT」です。
1930年以降、基幹ムーブメントの刷新を行なったパテック・フィリップですが、重要だったのが複数のキャリバーで部品を共有することでした。その帰結が、同社の傑作とされる自動巻きキャリバー12-600ATと27-460ATでした。
53年にリリースされた. に採用されたのは、ローターの回転により一対の爪を持つカギ爪を駆動させてゼンマイを巻き上げるラチェット式でした。巻き上げの効率を上げるため18Kゴールド製のローターを使用し、美しい装飾が施されていました。このムーブメントの完成度は高かったものの、少し重厚でローターにも厚みがあったため、ねじ込み式の防水ケースに収めるには向きませんでした。
こういった弱点を克服したのが、後継機の27-460ATです。ローターが、12-600のルビーローターから、ボールベアリング保持に変えられ巻き上げ効率と耐久性が向上し、ムーブメントの厚みも4.6mmと薄くなりました。
しかし、それでも60年代半ばになると、薄型時計のトレンドがさらに押し寄せ、手巻きの上に自動巻きのモジュールを重ねていた27-460AMの設計は時代遅れとなっていました。
その後、パテックが本格的な自動巻きをリリースするのは70年後半まで待つことになります(キャリバー350:ペリフェラルローター)。

カラトラバ Ref.2526



カラトラバ
誕生〜1940年
カラトラバは、1932年に誕生したパテック・フィリップを代表するドレスウォッチです。
その名は、中世のカトリック騎士団「カラトラバ騎士団」に由来し、パテック・フィリップのロゴとしても用いられる十字の意匠「カラトラバ十字」から取られました。
パテック フィリップが財政難に直面していた1930年代初頭、ジュネーブのスターン家(現在のオーナー一族) が同社を買収し経営立て直しを図ります。
その最初の戦略として生まれたのが、Ref.96です。
ケース径31mmのバウハウス様式に基づいたデザインで手巻きムーブメントのcal.12-120を搭載していました。
今日においても最高傑作のひとつと評されるモデルです。このRef. 96を起点に「カラトラバ」というコレクション名が確立されました。




1940~1970年代:高精度化
1940年代以降、パテック フィリップはRef. 96をベースに、ケースやムーブメントの進化を加えた派生モデルを多数展開していきます。
Ref. 570(1938年):Ref.96を一回り大きくしたケース(35.5mm)
Ref. 565(1940年代):耐磁ケースとスクリューバック採用
Ref. 2526(1953年):パテック初の自動巻ムーブメント(Cal. 12-600 AT)を搭載
特にRef. 2526は、陶製の文字盤を利用した「トロピカル」により、現在でもオークション市場で非常に高値で取引される名作です。
Ref.2526における「トロピカル」とは、経年変化の防止を目的とした仕様を意味しています。
熱帯地方は高温多湿で、時計の文字盤やムーブメントにとって過酷な環境です。
これらの環境下では、通常の素材だと経年劣化や変色が起こりやすくなります。
「トロピカル」は、そうした熱帯地域特有の気候条件に耐えられるように工夫された仕様のことを指します。
通常、高温多湿な環境下で長期にわたり使用された個体に見られることが多く、保存状態の悪さではなく“美的な経年変化”として評価されます。
グランド・コンプリケーション
パテック フィリップは1839年の創業以来、複雑時計において数々の世界初や世界最高峰の記録を築き上げてきました。
創業期の挑戦
1868年:世界初の腕時計を制作(ハンガリーの伯爵夫人向け)
1878年:複雑機構を含む懐中時計を制作。すでにトゥールビヨンや永久カレンダーを手掛けていました。
この時期の作品はすべて手作業で仕上げられ、注文主に合わせてカスタムメイドされていました。
「グランド・コンプリケーション」の礎を築いた懐中時計
20世紀初頭、パテック フィリップはアメリカの二大顧客である実業家パッカードと銀行家グレーブスのために、複雑時計開発の競争を繰り広げました。
・グレーブス・スーパーコンプリケーション(1933年)
永久カレンダー、ミニッツリピーター、日出・日没時刻など、合計24の複雑機構を持ちました。2014年サザビーズでは約24億円で落札(当時の最高額)されました。

懐中時計
1950年代以降、時計市場の中心が腕時計に移る中でも、パテック・フィリップは懐中時計の製造を続けていました。
この時期、ドーム型のクロワゾネ・エナメル時計が登場し、主にテーブルクロックとして製作され、ジュネーブ工芸の粋を伝える芸術作品としてコレクターや博物館に収蔵されました。

/ 1907年

/ 1927年

Ref.651 ブレゲ数字 / 1943年
プレミアモデルについて
Ref.2499
パテック フィリップ Ref.2499は、1951年から1985年までの34年間でわずか349本しか製造されなかった、希少な永久カレンダー・クロノグラフです。
世界初の量産型永久カレンダー・クロノグラフであるRef. 1518(1941年発表)の後継機として1951年に登場しました。
Ref. 1518は第二次世界大戦中に誕生したにもかかわらず、時計の世界に変化をもたらしました。
その伝統を受け継ぎつつ、Ref. 2499はケースサイズの拡大と視認性の向上、プッシャーの改良など多くの点で進化を遂げました。
Ref. 2499は、その製造期間中に4つの異なるバージョンに分類されます。
それぞれにわずかながらも意匠の違いがあります。
第1シリーズ(1951年–1960年頃):
第2シリーズ(1955年–1966年頃):
角型プッシャー
タキメーター・スケール

第2シリーズ(1955年–1966年頃):
丸型プッシャーへ変更
引き続きのタキメーター・スケール

第3シリーズ(1960年–1978年頃):
バトンインデックスとバトン針
タキメーターが省略されました

第4シリーズ(1978年–1985年):
Ref. 2499/100と呼ばれる
サファイアクリスタルを採用し,より近代的で堅牢な構造でした

Ref. 2499は、永久カレンダーとクロノグラフという2つの複雑機構を同時に搭載しながらも、日常使いに耐え得る実用性を備えていました。
ムーブメントには、ヴァルジューcをベースに、パテックが大幅に改良した手巻きクロノグラフムーブメントを搭載していました。
ケースサイズは、37.5mmと当時としては大型のサイズでした
ジョン・レノンの2499
ビートルズのジョン・レノンは1980年、40歳の誕生日にオノ・ヨーコからイエローゴールドのRef. 2499を贈られたと伝えられています。
このモデルはその後、盗難事件や法的な争いを経て、2024年にヨーコ氏に正式に返還されました。
エリック・クラプトンのプラチナ2499
伝説的ギタリストのエリック・クラプトンは、プラチナ製のRef. 2499を所有しており、このモデルは世界でも数本しか確認されていません。
彼がこの時計を着用している写真は、オークション市場でも話題となりました。
市場における評価
Ref. 2499は世界の主要オークションで高額に取引されてきました。
2012年:エリック・クラプトンのプラチナモデル → 約390万ドルで落札
2018年:Asprey(英国高級宝飾店アスプレイ)ダブルネームのローズゴールド → 約388万ドル
2022年:ピンクゴールドで小売業者ゴッビ・ミラノのサインが入った個体 → 約768万ドル(史上最高額)
Ref. 2499は「(聖杯)」とも呼ばれ、いわゆる上がり時計の一つとされます。
製造数の少なさや、著名なオーナーたちの物語が交差し、1本の時計に世界の歴史と文化が凝縮されています。
単なる機械式時計という存在を超えて、「機械芸術」そのものとも称される所以です。
パテック フィリップの複雑時計の中でも象徴的な存在で、現代のパーペチュアル・クロノグラフ(例えばRef. 5970や、Ref. 5270)の設計にも多大な影響を与えました。
Ref. 1518(1941–1954)
世界初の量産型 永久カレンダー クロノグラフで、Ref.2499の前身にあたる歴史的モデルです
ステンレススチール製は極めて希少で、2016年には約11億円で落札されました。
Ref.2523 ワールドタイム(1953年頃)
1953年に製造されたクロワゾネ・エナメルダイヤルのワールドタイムです。
超希少でオークションでは100万ドル超えを多発しています。


この記事を書いた人-
SY
イリスラグジュアリー新人時計ライター。
ブランドの歴史を研究中。